建設の下請けも最近は設備工事業者のように高度な技術社会に適応して独自の業界を形成しつつある部門もあるが、労務提供を主な仕事とする労務下請けは建設業界でもっとも伝統的な末端下請けであり、安く叩かれはするが、もともと人集め企業であり、「人で儲ける」ゼネコンがもっとも必要とする下請け業者なのである。「昔のヤクザ映画で、ヤクザ同士が競争で工事の人を集めるのあるだろ。あれと同じよ」社長の弟が言った言葉が真実を語っていると私は思う。
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こうした最末端の労務下請けは人的つながりによる上級下請けからの労務提供の要請、つまり仕事の配分だけが頼りなのだ。日曜日以外の空白がスケジュールで埋まれば安心するし、そうでなければ不況で上級下請けに仕事が来ないのか、あるいは自分が切られるのか、半分は信用しつつ半分は疑心暗鬼の毎日を送る。公共事業の支払いは元請けのゼネコンに対しては契約総額の四十パーセントが前払いされるが、一次下請けに支払うのは仕事が終わってから早くて六ヵ月後である。したがって末端になると、労働者の給料を実質上、建て替え払いすることになる。しかも、直接雇っている以上、仕事がなくても給料は払わなくてはならない。このように末端下請けは経済的にも弱い立場におかれているのだ。スケジュールが埋まれば安心という世界だから、価格は二の次といってもオーバーではない。下請け同士の叩き合いになれば、自分から下げる。そうしなければ食えない。それが末端下請けの宿命でもあるからだ。若い者は集まらない。いたとしても、彼らはより大きな給料の多いところに動くだろう。かつての社長自身がそうであったように。