建築構造は木造である。木造の間仕切壁は極めて脆弱な遮断性能しか持っていない。壁の向こうとこちらでは、音も空気もつうつうなのである。近代の建築計画学は、このことに否定的評価しか与えられない。しかし木造に固有のこの物理的条件によって、住人は空間的な閉塞感からのがれることができた。狭小な空間においても、窒息せずにすんだのである。しかし、一方、ワンルームマンションはどうか。ここではバスもトイレも、そして小型のキッチンまでもユニットの中に組み込まれている。
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各人の生活もこのユニットの中で完結されるものと想定されている。さらに建物の主体構造はコンクリートである。上下左右のユニットとはコンクリートで、そして廊下とは鉄の遮音屏で遮断された完全な密室が出現する。例えばニューヨークにも、もちろん単身者用の都市住宅は存在する。それはスタジオと呼ばれ、シャワー、トイレ、キッチンが完備したコンクリートの箱である。ただしワンルームマンションとは絶対的広さが異なる。これは単身者の金銭的レベルとは無関係である。例えばニューヨークの場合、金銭的余裕のない者はさらに別の単身者を捜してきて、2人(あるいはそれ以上)でこれをシェアするという形をとる。そういうことはごく普通の現象であるが、日本のワンルームマンションのような広さの密室は、まず捜すことが不可能である。これは金銭的な問題、例えば給与水準とか、不動産の賃貸料の水準−ではなくて、純粋に空間に対する意識の相違の問題である。では、七〇年代の日本は、どうしてこのような空間を発明したのか。